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最後に書いたのが昨年8月7日。もう半年か…。
この半年、いろいろなことがあって、たくさんのことを考えた。

無条件で自分のことを愛してくれる人(実際、何人いるんだろう?)が、もしかしたら数年内にこの世からいなくなってしまうかもしれない、ということがわかった。

すべてを覆い尽くしてしまいそうな恐怖、悲しみ。こんな悲しいことがあったんだよ、と弱みを見せられる唯一の、その人に話せない辛さ。

そんなことはわからない、ただ前を向いて歩いていくしかないと言い聞かせても、恐怖や悲しみの大きさに打ちのめされそうになる。

ここ数カ月、何とか気持ちを奮い立たせて明るい未来を信じようとしたり、急に涙が止まらなくなったり、自分でもコントロールできない日々だった。



それでもやっと落ち着いてきた。

人間は「忘却の生き物」だという言葉をふと思い出した。
自分自身が前向きに生きていくために、辛いことや悲しいことは忘れるようにできている、ということだろうか。
もちろん忘れ去ってしまったわけではないし、事実はまだ続いているけれど、生きるしかないのだと思う。
だって、一番辛いはずの人が前だけ見ているから。私がくじけるわけにはいかない。


今日は会社をお休みした(理由はまた後ほど)。
また悲しみが襲って来た時の備忘録として、この気持ちを記しておこうと思います。


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2009.07.24 初めの一歩
今日は約1カ月ぶりの診察でした・・・
事故から7週間、そろそろ骨も修復して、松葉杖を卒業できるかも♪と思っていました。

でも、残念ながら骨はまだ完治しておらず、全体重をかけることも禁止です涙
歩けるようになったらあれもしたいこれもしたいと期待が大きかった分、失望も大きく究極的な思いにまでたどり着いてしましました。

「何で私がこんな痛い思いも辛い思いもしなくちゃないの?」
「加害者も同じ思いをすればいい。」

車に跳ね飛ばされて空中をくるくる回っている間「あー、私死ぬかも」と思ったこと、複雑骨折だけで済んだこと。そう、確かにみんなが言うように不幸中の幸い。でも、その運転手が一瞬気をつけてくれていれば避けられたこと。

これまで何度もそう思い、自分の意思でどこへも行けないもどかしさに苛立ち、その度に気を取り直してきたけれど、今日もやっぱりそんな気分になってしまいましたダウン


でもお医者さんからは「少しだけ」体重をかけて歩く訓練をしてもよいとの言葉をいただきました。

・・・「少しだけ」ってどれくらい??

歩くのに体重をかけているという意識を持っていないから、少しだけとか半分だけ力を入れるという感覚がわからない。

ということで試しに地面に足をついてみました・・・。
            
                20090724_19_convert_20090724205310.jpg
                 まだ大きさも色も違うけど、歩くことで解消されるんだって。
       

51日ぶりの感触です。カーペットのザラザラ感、タイルのひんやり感。こんな風に感じるんだ・・・。
ちょっと感動Brilliant.

たった51日、でも足をずっと真っ直ぐに伸ばしていたせいで、ひざや足首は完全に固まってしまいリハビリを開始して2週間も経つのに足首はまだ半分くらいしか地面を捉えていない感じ。

歩くってどうやるんだっけ?

骨折は骨の完治よりもリハビリが大変だと聞きます。
この先、どのくらい時間がかかるのでしょうか?
長い人生を思えば、たった数カ月のことかもしれません。
「どのくらい」と考えるのも意味がないのかも。

そろそろ「事故さえなければ」と思うことはやめにして「今日はリハビリがここまでできた♪」と喜ぶことだけにしようと思います。

そう思うことがきっと、早い回復への近道かもしれません足

               20090724_22_convert_20090724230316.jpg
                             私の今の必需品キラキラ 

たった1枚のCertificateが欲しいだけでえらく大回りをしている話は前回書きましたが(こちらです)、どうなったかと言うと・・・

まだもらえていませんダウン

正確には、要件を満たしていなかったのです。

その翌日もいろいろなところにジャンジャン電話をかけまくって、ようやく今日郵送されてきたので、
「大変だ、長かったと思っていても手に入れたら充実感たっぷりBrilliant.だね!」
と小躍りしたい気分で封を開けてみると・・・。

足りないんですが・・・汗とか

書いて欲しいとお願いした3つのポイントのうち書かれていたのはたった1つ。
30%の達成率ならよしとすべきか、ちゃぶ台をひっくり返すべきか・・・。

あきらめても怒ってもダメなものはダメなので、気持ちを入れ替えて再チャレンジすることにしました。
来週には100%のCertificateをよろしく頼むよと思いつつ、来週から仕事に半復帰できることになったのでまあまあ幸せということにしようと思いますにやり
今日はちょっとめげてしまいそうになる出来事がありましたひい

事故で骨折をし自宅療養をしていることは前に書きましたが(こちらです)、そろそろ痛みも腫れも引いてきたので松葉杖を使わなくてはいけないなど多少の不便はあるものの職場復帰をしたいと思っていました。

私の場合、自動車がからむ事故だったのでTAC(Transport Accident Commission)が救急車代やリハビリを含むすべての医療費の負担や休職に伴う給与補償をしてくれ、本当に有り難いなあと思っていました。

もちろん今でもその気持ちに変わりはないのですが、それが足かせとなって職場に復帰できない状況となっているのです。

つまり、たとえ医師が許可しようともTAC独自の復帰条件に合っていなければ、職場復帰はさせないし、もしそれを無視して職場に行こうものなら一切の補償はしないというのです。また、復帰に当たっては具体的な条件(禁止事項や労働可能時間など)が書かれたMedical Certificate が必要というのです。

そこで救急病院にCertificateをお願いしたら、「それはGP(一般開業医:General Practitioner)の仕事だ」と言われ、GPの診察を受けたら「救急病院からの許可が必要」と言われ、救急病院に電話したら「それを書面にする必要はない。口頭でGPに伝えれば十分」と言われ、仕方なくそれをGPに伝えたら「書面でないとCerftificateは書けない」と言い張り、再度救急病院に電話しても、手術を担当した医師は帰宅した青色の車と言われ・・・。

確かに、GPは手術を担当したわけでもX線を撮ったわけでも、カルテを見たわけでもないので、実際にそれらを担当した救急病院の医師の許可なく診断書を書けないという理屈はわかります。書面でないと訴訟など起こされた時に困るというのも想像できます。

でも、たらい回しにされている感じですじとー

何のためのGPで、何のための病院なんだろう??
診察のために何度も出かけなくてはならず、患者(とその家族)に身体的負担をかけ、精神的疲労を与えています。私はCertificateが欲しいだけなのです・・・。

そもそも病院がそれを書けない理由がわからないのです。
私の求める診断書なんて5分あれば書けるのに、電話でああでもない、こうでもないと理屈を並べ、何度も電話で話をしなければならず、そちらの方がよっぽど時間の無駄だと思うのです。

結局、今日はCertificateをもらうことができず、明日再び戦わねばなりません。

もちろんGP制度にもいいところがあるはずですが、そんなことを想像することすらできないほど辟易した一日でした。

2009.06.23 113日目
オーストラリアに来てから今日で113日が経ちましたにぱ
きりのいい数字でも何でもないのですが、ふと「私、毎日成長してる?」と思い数えてみました。

日本にいたら、きっとそんなことは考えていなかったと思うけれど、異国に来て日々迷い、壁にぶつかっていると小さな出来事がとても大きく思えたり、ちょっとできるようになったことがかなりすごいことのように感じたりします。

私の事故処理の件で電話があったりすると、「英語だよ・・・げ」とビビって「ポーリーが窓口です」と口走ってしまったり(ポーリー、ごめんね反省)、居留守を使ったりしていたのですが、今日は自分が勤める会社の厚生担当者から電話があり、仕方なく話をしました。

事故の状況やケガの具合、仕事復帰プランなどいろいろなことを話したのですが、(英語でも)ちゃんと話が通じて安心しました(←当たり前?)。

この国で何も感じなくなる日なんて何年も先のことになる(一生無理かも)と思うけれど、大人になってもこうして毎日自分の成長を感じて暮らせるなんて、ある意味幸せなことかもしれないなと思いました。

3週間も仕事を休んで、家にこもる生活に慣れ始めてしまったところですが、早く復帰したいと心から思えた113日目でしたハッピー